あれからどのくらい立つのでしょうか。そう、25年くらい前のこと。当時、一人のジョッキーに熱い視線が注がれていました。
天才騎手として脚光を集めた武豊騎手その人でした。若き獅子、二十歳を迎えようかとしているときでした。
週刊大衆の「天才・武豊」という特集記事の取材、撮影で栗東トレセン、彼の自宅を訪問。彼と話している中で、武豊という人物の人となりを、自分なりに感じ取ることができました。
そのインタビューの中で、彼はこんな事を私に伝えてきたのです。
「一部の人は、豊は勝てるような1番人気の馬に乗るから、あれだけの成績を上げられるんだ、という人もいますが、でも、1番人気に乗ることができるって本当に大変なことなんです」と語りました。
そして続けて「それに1番人気のプレッシャーを感じて乗ることが出来るって、ジョッキーとして最高なんですよ」と、あの涼しげな目を輝かせていたことを覚えています。
時は流れて武豊騎手も44歳。ジョッキー人生を左右するような大事故を経験し、全盛期のような“ワンデー5”とか“ワンデー6”といった成績とは縁遠くなりましたが、それでも経験を重ねた技術は一戦一戦が、いぶし銀のように光っています。
そして、日本ダービー。そこには1番人気を背負ったキズナ。それに跨る武豊騎手がいました。弥生賞5着のあと、毎日杯、京都新聞杯と2連勝。その異次元のような勝ちっぷりは、相手に恵まれたという以前の凄みがありました。
そのことを多くの競馬ファンも感じ取っていたはずです。でなければ、朝日杯FS、スプリングS、皐月賞と無敵の4連勝で、3歳陣を引っ張ってきたロゴタイプを抑えて1番人気になるはずがありません。加えて、追い込むキズナにとっては最悪ともいうべき1番枠。この枠を武豊騎手がどんな風に騎乗してくるのか、これが今年のダービー結果を左右する大きなポイントだったと思われました。
一方のロゴタイプには、皐月賞の反動がどうしても気がかりでした。皐月賞のあとやや強めに追われたのが5月12日の坂路調教。皐月賞から1ヶ月後でした。その後15日にWコースで6ハロンから強めに追い切られましたが、どうも何かをセーブしているようにも思えたのです。
過去、皐月賞を1分58秒台で優勝したのが3頭。ノーリーズン、ダイワメジャー、アンライバルド。この3頭はダービーでも人気を集めながら予想外の凡退。ということで、今年のロゴタイプは1分58秒0というレコード決着。その予期せぬ目一杯の力走が、頂点のダービーで反動となるかも知れない、と考えるのは、私にはごく自然のようにも思えました。
皐月賞では前半5ハロンを58秒0の皐月賞史上、最速のハイペースで引っ張ったコパノリチャードが不参戦。青葉賞で2着に粘りこんで出走権を手にしたアポロソニックが
好枠3番を引き当てサッーと主導権を取りに行きます。クラウンレガーロ、ロゴタイプ、サムソンズプライド、ペプチドアマゾンが2番手を牽制しながら追走。
1コーナーで先頭にアポロソニック、これにピッタリとついてサムソンズプライド。そこから離される形で先頭にペプチドアマゾン。その直後にロゴタイプ。4番人気コディーノが中団のイン。その直後に3番人気のエピファネイアと、外にタマモベストプレイ。後ろにはNHKマイルC優勝のマイネルホウオウ。さらに直後には共同通信杯1着のメイケイペガスターと、青葉賞優勝のヒラボクディープが内と外。そして後ろから3頭目に1番人気のキズナ。最後方はいつものようにレッドレイヴン。
2コーナーを過ぎて快調に飛ばすアポロソニック。5番手にロゴタイプで、中団インにエピファネイアがいて、その外にロゴタイプ。キズナが後ろから3頭目。長い向う流しで中団の外に出したメイケイペガスターが、引っ掛かり気味にスルスルと前を追って上昇。
3コーナー手前でアポロソニックに変わって先頭に立ったメイケイペガスター。前半1200m通過が1分12秒2。予測された平均的な流れ。後方で外に出したキズナ。
さあ、勝負どころの4コーナー。メイケイペガスターを先頭に、その外にはアポロソニック。好位4番手にペプチドアマゾン。その直後には内にフラムドグロワール、外にロゴタイプが追い出しを待っています。中団のコディーノの直後からエピファネイア。そしてマイネルホウオウの外にキズナが接近してきました。最後方グループにいたレッドレイヴンは直線勝負で馬込みに突っ込んで行きます。
内で頑張るメイケイペガスターの外に並びかけて先頭に立たんとするアポロソニック。ペプチドアマゾンも迫ってきます。ロゴタイプも懸命に前を追いますが、なかなか差が詰まりません。それを見るように外からエピファネイアが一気に浮上。目前のゴールを目指します。
そのときでした。外に出したキズナの末脚が抜群。ぎゅっと溜められた矢のように直線の坂を一気に駆け上がって、あっという間に先行勢を捉え、エピファネイアにグイグイと迫ります。そして、並んだと思ったらゴールでは計ったように半馬身差抜け出していました。そして、武豊騎手は右手でガッツポーズ。そしてまたガッツポーズ。
「彼の良さはわかっていたし、彼のポジションでレースが出来ました。自分が慌てないようにと言い聞かせながら乗りました。勝てて本当に良かったです。是非、この馬を世界一の馬にしたいです」と、喜び100%の武豊騎手。
2着にはエピファネイアで、3着が粘ったアポロソニック。ペプチドアマゾンが4着でロゴタイプは伸びを欠いて5着。コディーノが9着に敗退。
私の期待は大変身を狙って内田博騎手が騎乗したレッドレイヴン。結果は12着。比較的前で対応した馬が残るような結果。直線で馬込みの後ろで外に行こうとしたらカットされ、また内を狙って縫うように差を詰めたのですが残念でした。それでもキズナと0秒6差。アポロソニックと0秒3差。世代を代表する切れ者。今後の活躍に期待感を繋いでくれました。