ある騎手が一点をじっと見つめていました。中山競馬場の最終レース終了後でした。検量室の中に陣取って、わき目も振らず、ただモニターを見つめる彼のその姿の先に、映し出されている映像は阪神大賞典でした。
その阪神大賞典は1.7倍という断然の人気に支持された、この日の主役であるゴールドシップ。有馬記念3着以来の登板でしたが、昨年は悠々と後続をちぎり捨てた阪神大賞典。季節、距離そしてコース。再び復活の地に辿りつき、宝塚記念以来の優勝を手にできるのか、期待感は高まっていたのでした。
昨秋は京都大賞典でまさかの5着敗退。2戦目のジャパンCでは驚きの15着と初めての大敗。どうした、ゴールドシップ!という悲鳴が聞こえてきそうでした。
そして、有馬記念を迎えて根強いファンの声援もあってか、オルフェーヴルの3着。ようやくゴールドシップらしい一旦を垣間見せてくれたのです。
その有馬記念から3ヶ月ぶりの登板。ふっくらした馬体。春の日差しを浴びて、いかにも気持ち良さそうにパドックを周回するゴールドシップ。入念に乗り込んで仕上げてきた復活ゴールドシップを目指すスタッフの願いが、まさしく伝わったかのようでした。
菊花賞2着、日経新春杯優勝の勢いに乗る4歳馬サトノノブレス。そして、京都大賞典、ジャパンCでゴールドシップに先着したアドマイヤラクティ。菊花賞3着のバンデ。GI馬こそゴールドシップ以外はいないものの今年の長距離戦での期待株が集結。
私は一人旅の逃げが打てるバンデに期待しました。菊花賞で本命。近年に見られないステイヤータイプの逃げ馬と判断。二枚腰のラストスパートに惹かれたのでした。
おそらく、この阪神大賞典は顔触れから超スロー。楽に一人旅が打てるバンデにとっては願ってもない展開だと思えたのです。
ところが、ゴールドシップに今回から騎乗することになった岩田騎手は、昨夏の函館、積丹特別で騎乗して、バンデのしぶとさをよく理解していたのです。そのことが、ある意味で一転したゴールドシップの作戦に繋がったと見ています。
予測通りポンと飛び出したバンデ。これを仕掛けて内から2番手に進出したゴールドシップ。なんと後方待機のゴールドシップが2番手の先行策なのです。スタートで仕掛けたこともあって、ゴールドシップはかかり気味。岩田騎手が手綱を懸命に引いて、やや立ち上がる格好。脚が前のブレーキを踏むようにピーンと張っています。
2番人気のサトノノブレスが後方グループ。アドマイヤラクティが5番手で、ヒットザターゲットはポツンと最後方。早くも縦一列の棒状の展開。1週目の4コーナーでバンデが2番手のゴールドシップを離し気味に行きます。3、4番手は距離を意識して離され気味。
1000mが63秒2、2000mは2分6秒3。超スローの展開です。逃げるバンデ、そして2番手のゴールドシップ。追走するアドマイヤラクティ、サトノノブレスは中団から後方。かかり気味だったゴールドシップが、ようやくおさまったのが2週目の3角過ぎ。
2400m通過が2分31秒6。離して逃げバンデにとっては願ってもない形に持ち込めたのですが、誤算は直後にバンデがピッタリと控えていることでした。
4角手前からペースが11秒台とギアチェンジしたあたりから、ゴールドシップがなんとバンデを捉えに出たのです。
そして4角で並びかけ、一気に先頭に立ちます。これを見て後続も接近。突き抜けるゴールドシップ。懸命に落ちた2番手から盛り返そうとするバンデ。その外に並びかけるアドマイヤラクティ。この2頭の叩き合いはともに一歩も譲らないままで馬体を併せたままゴールイン。それから6馬身遅れてサトノノブレスが4着でゴール板前を通過して行きました。
優勝したゴールドシップは余裕綽々の3馬身半差。首差でバンデを抑えたアドマイヤラクティが2着。
強いゴールドシップが蘇ってきた阪神大賞典。まさに復活走そのものでした。これで阪神は5戦4勝2着1回と抜群の相性度。昨春の天皇賞は1番人気で5着。京都大賞典のこともあり、課題は京都コースなのかも知れません。
バンデはまたしても重賞3着。賞金を加算することができず、天皇賞出走が賞金的に微妙です。
ゴールドシップの快走をひとり黙ったまま見つめていた内田博騎手。3歳時から長い間コンビを組んでいた彼の心中に去来するものはなにか。ゴールドシップという馬を一番理解していた内田博騎手の思いは・・。本当のところは彼以外の誰にもわからないと思われます。