ところは、東京競馬場。2月11日の日曜日。10R「調布特別」芝2000m。こういう舞台設定の中で、裏舞台ではもうひとつのドラマが行われようとしていました。出演者は上原調教師、そして、お馴染みDR・コパさん。上原師はこの調布特別にコパンノスイジンを出走。人気は13頭中10番人気。コパさんは文字通りコパノスイジンの馬主。
この日、コパさんは早くから受けていた仕事があって、スイジンの応援に欠席。そんなところに上原師の携帯が鳴ったのです。
「上原先生、コパです。今、仕事先からかけています。実はダメなんです」
「ああ、コパさん、ダメって何が?」
「競馬実況をどこもやってないし、ラジオの電波も通りづらいんですよ。で、先生、上原先生に名実況をお願いしようと思いまして…フフフ」
「そうなんですか、コパさん、わかりました。了解です」と、いつものポーカーフェイスで答える上原師。
そうこうしているときにスタート。そして上原アナウンサーのコパさん向け特別番、名実況が始まったのです。
この調布特別は逃げると思われたのが、エイシンサリヴァンただ1頭。この吉田豊騎手が乗るエイシンの単騎逃げで、コパノスイジンはその後を追走するというのが、一般的な見方でした。スイジンの騎手は吉田豊の弟、吉田隼騎手。
ところが、好スタートを切ったコパノスイジンが先頭。その外から馬体を併せに行くエイシン。
「スイジンが先頭、スイジンが先頭。あっ、外からエイシン、豊が、こらっ豊、来るな!豊こらっ!下がれ!あっテメー豊、邪魔するんじゃねー」まだ向こう正面あたりのことです。
「先生!センセー!スイジンはどこを走ってますかーっ!」
「わからねえ奴だなー、おい、豊下がれっての!」
「おーい、先生、上原先生、スイジンは…もしもし、あのおースイジン…」
レースは2頭で、時には並びかけるように、3番手以下を大きく離して逃げ、後続はそれに付いて行くわけにもいかず、直線でも後続馬との差は大きく、どうみても2頭の吉田兄弟の世界。ゴール前で必至に残らんとするスイジンの隼。その外へエイシンの豊。手ごたえはエイシンの豊の方。
「行けーっ!ハヤトー!ああ、来るな、下がれっー!」
「先生、どうなってますか~!もしもし上原センセー?!」
「ああ、ああっ、差し返せーっサシカエセー!!おお、おおおっ」
「もしもし、どうなりましたかー!」
「やったあ、勝った勝った!勝ちましたコパさん。おめでとうございます」
「勝ったんですねー。もしもし、間違いなく勝ったんですねー」
「はい、間違いありません」
「いやあ、先生ありがとうございまーす」
かくして上原調教師が迷実況した調教師ルームのスタンド席の前には、なんとエイシンサリヴァンの大久保洋吉調教師が。これには上原師もビックリ。あの迷実況の風雪にも耐えながら、今回こそはと臨んでまた勝ちを逃した大久保師の心境。そして、平身低頭で恐縮する上原師。
「いやあ、応援ですから…」と大久保師。目がマジだったとか。
ほどなくして、コパさんから連絡。
「どう、今夜は銀座に出て来れる?上原先生も来るって!」
残念ながら先約があるので、泣く泣くお断りしたのですが、上原師の迷実況中継で、その日の夜は、さぞかし盛り上がった祝宴になったのだろうと思います。おめでとうございます、コパさん。実況お疲れ様でした上原調教師。