それは衝撃的でした。“そんな馬鹿な!”“それは無謀だ!”という驚きの騒めきが聞こえるようでした。
ゴールドシップです。ファンの支持の高い馬で2番人気に推されていましたが、それでも少し不安もあってか、4.6倍というオッズ。
天皇賞・春は好天に恵まれた淀の京都競馬場に、古馬の精鋭17頭が集結しました。1番人気はもっともファンの多いキズナ。
ところが
ゴールドシップは、過去の
天皇賞が直前の
阪神大賞典を圧倒して臨んだのにもかかわらず、一昨年は5着。そして昨年が7着。ファンをガッカリさせました。断然強い阪神に対して、京都では
菊花賞を制したものの散々の成績。

私はこう考えました。おそらく直線平坦の京都でラスト33秒台、34秒前半の決着になると、瞬発力の差で切れ負けしてしまうのだろう。道悪、スタミナは文句なしだが、開幕2周目の絶好の京都では、やはり評価が落ちるかも知れない。
と考えて、
有馬記念で
ジャスタウェイ級の33秒7の破壊力を見せた
ラストインパクトに◎を打ったのです。おそらくキズナは
大阪杯で
ラキシスに簡単に差し込まれたように
ダービー時の姿にはない。追い比べならキズナには負けないだろう。最高のコンビ
川田騎手で絶好の狙いだ、私はそう考えました。

ところが、
ゴールドシップは私が考えた以上、常識破りの
パフォーマンスを見せてくれたのです。それは
ゴールドシップの名指揮官、
横山典騎手の存在を忘れていました。
この
ジョッキーは、これまでも度肝を抜く騎乗で、数々の栄光を手にしてきた職人
ジョッキーなのです。

終わってみれば、今回の
天皇賞もそうでした。ゲート入りする際、
ゴールドシップが駄々をこねて、ゲートに入ろうとしません。後ろ向きに入れようとしてもダメ。飛び跳ねて後ろ脚を蹴り上げます。ところが、横山
騎手は慌てず逆らわず、ステッキを入れるわけでもなく、尻尾を持って強引に枠入りさせるわけでもなく、坦々と係員の誘導作業を待っています。
頭からすっぽり布をかぶせて、ようやくゲート入りに従うと、抜群のスタートを決めます。

「1番枠だったからハナに行ってもいいと考えていたけど、さすがに行けなかったなあ・・」と、
横山典騎手。
あっという間に、キズナとともに置いて行かれます。何が何でも主導権を取るとばかりに
田辺騎手の
クリールカイザーが先頭。内から
カレンミロティックで、外にはスズカデヴィアス。先行したい
タマモベストプレイも続きます。同じ位置には
ラブリーデイ。そして中団前の外にはサウンズオブアース。
フェイムゲームもその後ろに付きます。後方グループの先頭がアドマイヤデウス。その直後に
ラストインパクト。
デニムアンドルビーがいてキズナと
ゴールドシップが最後方。
前半3ハロンが36秒1。比較的流れが速かったせいか、先頭から最後方まで大きく縦長の展開。そして1000m通過が61秒4。サウンズオブアースが好位に上がって来ました。
フェイムゲームもその直後。最後方にポツンと
ゴールドシップ。



そして、2周目の向う正面のときでした。誰もが目を疑うことが起きたのです。後方にいた
ゴールドシップが外に出し、
横山典騎手がしごいてステッキを入れて、必死に前を捉えにスパート。ぐんぐん順位を上げて行きます。3コーナーの坂の前のことでした。
“こんなところでスパートをかけたら最後まで続くわけがない”大方のファンはそう考えたに違いありません。実際に騎乗している
騎手もこれには付いて行きません。
3コーナーで3番手の
カレンミロティックの外に並びここで一息。アドマイヤデウスが内から7番手に進出。中団の外にサウンズオブアース、真後ろに
フェイムゲーム。キズナがその後ろで外。後ろから2番手に
ラストインパクト。
直線に入り先頭に躍り出た
カレンミロティック。その外から
ゴールドシップが後方を確認したのかラストスパート。サウンズオブアースが好位に上がって来ました。その外からキズナが顔を出してきました。その内には
フェイムゲーム。後方3番手の
ラストインパクトは、狙ったように内ラチ沿いを突っ込んで前を追います。
カレンミロティックを捉えた
ゴールドシップが先頭に立ちかけます。その内から
ラストインパクトが猛然と肉薄。そのときでした。直線外からキズナを置き去りにした
フェイムゲームが強烈な伸び脚で強襲。
それでも
ゴールドシップが何とか押し切って念願の
天皇賞制覇。2着に
フェイムゲーム。
カレンミロティックが3着に頑張り、最速の34秒4の末脚で
ラストインパクトが僅かの差で4着。

天を仰ぎ両手を合わせて高く掲げる
横山典騎手。それは思いを完結させた指揮官の
パフォーマンスでした。
ゴールドシップと
横山典騎手。主演
ゴールドシップ。監督、
横山典弘。まさにそれはアカデミー賞級のドラマのようでした。

1番人気キズナは力なく7着と敗退。あの
ダービーのような強烈な
パフォーマンスは見ることが出来ませんでした。
