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Archive for 2011年9月9日

絶賛ものの時計で決着したが、危惧されるその後遺症とは・・!?

0908_1_2  信じられない時計が電光掲示板に照らし出されていました。“1分33秒8”の勝ちタイム。注目の今年の新潟2歳Sは、9年前にワナがレコード勝ちした時計とタイ記録。
 目を疑ったのが、ラスト45秒―33秒1というもの凄い高速タイムでの破壊力比べ。レコードが出たワナのときはラスト3ハロンが34秒7。それを1秒6も上回る強烈な時計。わずかキャリア1戦の2歳馬には、まさに極限ともいえるタイム。
 もっとも、それだけスピードの絶対能力が優れていることだからこそ出来た内容ですが、それにしても、新馬を勝ったばかりの2歳夏に、こんな凄い時計で走っても大丈夫なのでしょうか。きちんと古馬のように脚元の骨が出来ていない2歳馬の夏では、あまりにも速い時計に、若き骨が対応できるのかどうか、私の長い競馬人生において、不安のほうが先に立ちます。
 今年の新潟2歳Sは、来年のクラシックの夢を乗せて多くの逸材が参戦してきました。なかでも、ほとんど追ったところなしで新潟のデビュー戦を圧倒したジャスタウェイが単勝1・7倍と圧倒的な人気に支持。
 ただ、デビュー戦を勝ったときに福永騎手が「かなりの能力を感じるので、これから大事に使っていければ、来年に向けて胸が膨らみます」とコメント。それゆえ、この新潟2歳Sはパスして、ダリア賞を勝ったエイシンキンチェムで福永騎手が臨んで来るだろう、という味方をしていました。
0908_2 ところが、その考えは逆で、なんとエイシンキンチェムは登録がなく、ジャスタウェイで乗り込んで来たのです。これはよほど具合が良く、相手関係からも勝てる!という自信が、ジャスタウェイを新潟2歳Sに向わせたのだと思います。
 とはいえ、キャリア1戦の2歳馬。何があるか、何が起きるかわからないもので、同じく新潟の新馬戦を圧勝したモンストール(4番人気)が、更なる飛躍を見せたのでした。中団の馬込みの中で折り合いに専念して、ポッカリと開いた直線の馬場中央から一気に先頭に立ち、ここから二段掛けダッシュで猛スパート。グングン加速するモンストール。中団で展開したジャスタウェイが直線で外に持ち出し、一気に詰め寄ってきましたが、僅かに届かず0908_3、無念の2着に敗退。
 3着以下が5馬身も離れてしまう抜きん出た1、2着馬のパフォーマンス。勝ち馬のラストが32秒7、2着馬は32秒6という次元の異なるような驚愕の末脚を駆使。ゆえに後続にとって、この5馬身差も仕方ありませんでした。
 もし、1、2着の馬がどちらか出走していなければ、余裕を残して1分34秒台くらいで制したはずです。たまたま出走していた為に、現在の100ある能力を、最大限を超える目一杯の120くらい出し切ってしまった上位2頭。はたしてその後遺症は出ないものか、とても危惧されるところです。
 このレースで、私はラフレーズカフェを推していました。素晴らしかった新馬戦の勝ちっぷり。また、それに加えて中間の動きの良さがひと際目だっており、これはジャスタウェイを相手に、好勝負が期待できると見て◎に推したのですが、スタートで出負けして、なおかつ寄られて後方。直線では馬場がボコボコしたインを衝いて伸びかけたのですが、ステッキが入ると寄れてしまい、ゴール前はほとんど馬なり状態。能力をまったく発揮できずに不完全燃焼。
 優勝馬のモンストールに新馬戦で田中勝騎手は騎乗していたことから、モンストールをチョイスすることも出来たはずですが、それ以上にラフレーズカフェに魅力を感じていたのでしょう。結果的にラフレーズカフェにとっても田中勝騎手にとって不運でした。
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中津の惨劇再びか、歴史的価値の高い荒尾競馬の廃止に思う(T_T)

 目の前に広がる有明海。スタンドから眺める光景は、それこそローカルならではの趣のある競馬場、それが熊本県北西部に位置する荒尾競馬場(荒尾市)です。
 この荒尾競馬場が、とうとう廃止という決定がなされました。荒尾競馬場がこの地に開設されたのは、1928年(昭和3年)のことですから、地方競馬としては最古の競馬場でした。それだけに歴史的な価値は計り知れません。
 9月5日、荒尾市の前畑市長は厳しい経営状況を理由に、荒尾競馬組合で調教師や騎手など約140人に廃止の決断を報告。
 市長は「もうこれ以上、競馬事業に税金を投入することは、市民の理解を得られないだろう」として、本年12月までで閉鎖と決断したようです。
 荒尾競馬組合は、昨年、馬主に支払う出走手当を削減。その経営努力が実って約4300万円の黒字経営を13年ぶりに計上したのですが、3月11日の東日本大震災などの影響を受けて、厳しい経営環境が続いていたようです。
 廃止が決定してしまえば、一刻も早く馬の処分先を決めてしまいたい馬主関係者。あの中津競馬の惨劇が目に浮かびます。中津ではほとんどの競走馬が殺処分となりました。
 その光景は、馬と共に家族同様に生きてきた調教師、騎手、そして、きゅう務員、心ある馬主にとっては、衝撃的だったに違いありません。ひとつの競馬場が終わりを迎えるということは、こういう悲惨な光景を生むのです。
 更に、荒尾競馬の調教師、きゅう務員、騎手等の競馬従事者は、今後の補償を求めるのは当然。ですが、荒尾市は「皆さんとの間に雇用の関係はなく、補償はありません。これまでの協力に感謝して見舞金を支払いたい」と、にべもなかったそうです。
 競馬場内の従業員、競馬専門紙の関係者を含めると300人以上、それぞれ家族もいるわけですから、補償ないとなれば、いきなり日々の生活という苦境、路頭に立たされてしまいます。
 1992年に約160億もの売り上げで、荒尾市に大いに貢献した荒尾競馬。そんな恩も今は遠い昔のことなのでしょうか。私の目には、市が本気で荒尾競馬の改善、そしてアイデアといったクリエイティブな面に取り組んでいたら、もっと状況は違っていたように思えて残念でなりません。
 荒尾競馬は12月の開催までだそうです0907_1が、処分先が決まって行く中での開催。頭数が揃うのかどうか、関係者の方々ならずとも気になります。
 同時に、九州で唯一の地方競馬場になってしまった佐賀競馬場。この佐賀競馬と交流レースをしていたのが荒尾競馬。この九州ラインの終了は、今後の佐賀競馬に及ぼす影響は計り知れません。それは経営面で苦境に立つ地方競馬場、そして九州の生産者に与える事態が大きく懸念されるところです。